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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)619号 判決

上告人

冨士野 チサコ

右訴訟代理人

小笠豊

被上告人

株式会社宇品川砂センター

右代表者

船田昭義

右訴訟代理人

国政道明

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小笠豊の上告理由二について

一本件における上告人の主張は、次のとおりである。すなわち、(1) 上告人は、第一審被告船田勝郎が代表取締役をしている訴外有限会社サンドセンター(以下「訴外会社」という。)の振出しにかかる第一審判決添付手形目録(二)(三)記載の約束手形八通(以下「本件手形」という。)、金額合計五八六万九四〇〇円を所持していた。(2) 本件手形は、支払期日に支払場所に呈示されたが、いずれも不渡りとなり、上告人は、右手形金の支払を受けることができなくなつて、これと同額の損害を被つた。(3) 訴外会社は、本件手形を振り出した当時既に倒産が予想されていたもので、第一審被告船田には、代表取締役としての職務執行につき悪意又は重大な過失があるから、有限会社法三〇条ノ三に基づき上告人が被つた前記損害を賠償すべき責任がある。(4) 一方、第一審被告船田は、原判決添付目録記載の不動産の共有持分権(以下「本件持分権」という。)を有していたが、昭和五二年八月二四日、実兄である訴外船田昭義が代表取締役をしている被上告人にこれを売り渡してその旨の移転登記を経由し、更に、被上告人は、昭和五二年九月二九日、これを訴外泰久興産株式会社に売り渡してその旨の移転登記を経由した。(5) 第一審被告船田は、本件持分権のほかにはみるべき資産がなく、しかも、訴外会社が不渡手形を出して倒産したのちに本件持分権を売り渡したもので、右売買は第一審被告船田の債権者を害する詐害行為にあたる。(6) よつて、上告人は、第一審被告船田に対し、有限会社法三〇条ノ三に基づく損害賠償として、五八六万九四〇〇円及びこれに対する昭和五三年一月二四日から右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、上告人の第一審被告船田に対する右損害賠償債権を保全するため、第一審被告船田と被上告人との間の本件持分権の売買契約を取り消し、現物返還に代わる価格賠償として、被上告人に対し、上告人の第一審被告船田に対する右債権額と同額の金員の支払を求める。

二本件訴訟の経過及び第一、二審判決の内容は、次のとおりである。すなわち、第一審においては、第一審被告船田及び被上告人の双方が口頭弁論期日に出頭しなかつたことから、全く証拠調が行われないまま上告人勝訴の判決が言い渡され、これに対し、被上告人は控訴を提起したが、第一審被告船田は控訴を提起せず、同被告に関する部分は第一審で確定した。原審においては、被上告人が上告人の主張事実を全面的に争つたことから、合計一七回の口頭弁論期日が開かれ、多数の書証が取り調べられたほか、証人四名及び被上告人代表者の尋問(被上告人代表者は二回)が行われたが、結局、訴外会社の倒産による上告人の債権回収不能の損害が第一審被告船田の代表取締役としての職務執行上の悪意又は重大な過失によるものとは本件の全立証によつても認めることはできないとし、詐害行為取消請求権の基礎となる上告人の第一審被告船田に対する損害賠償債権そのものが存在しないことを理由として第一審判決が取り消され、上告人敗訴の判決が言い渡された。

三ところで、所論は、上告人の第一審被告船田に対する有限会社法三〇条ノ三に基づく損害賠償債権については、第一審において上告人勝訴の判決が言い渡されて確定していることから、上告代理人において、被上告人が控訴を提起した原審においても事実上問題にはならないと誤解していたもので、原審のような理由で上告人敗訴の判決を言い渡すのであれば、釈明権を行使し、右損害賠償債権についての立証を促すべきである、というのである。そこで検討するのに、本件訴訟は、上告人の第一審被告船田に対する有限会社法三〇条ノ三に基づく損害賠償債権の支払を求める請求と上告人の被上告人に対する詐害行為の取消を求める請求とが併合して提起されたもので、上告人の第一審被告船田に対する右請求の内容である損害賠償債権の存在は、同時に上告人の被上告人に対する詐害行為取消請求の要件にもなつているのであつて、上告人としては、第一審被告船田に対する関係で上告人勝訴の第一審判決が確定していても、被上告人に対する関係においてはこれと別個に右損害賠償債権の存在を立証する必要があつたものである。しかるに、本件記録によれば、被上告人の控訴提起に基づいて行われた原審の審理においては、多数回にわたつて証拠調が重ねられたにもかかわらず、そこで立証の対象となつているのは、専ら、第一審被告船田と被上告人との間の売買契約が詐害行為にあたるかどうかという点に限られており、上告人の第一審被告船田に対する損害賠償債権が存在するかどうか、とくに第一審被告船田の訴外会社の代表取締役としての職務執行につき悪意又は重大な過失があつたかどうかについては、全く触れられていないことが明らかである。しかし、このことは、上告代理人において、上告人の第一審被告船田に対する損害賠償債権の存在について立証の必要があることを認識しながらその立証を怠つたというよりも、むしろ、右損害賠償債権に関する上告人と第一審被告船田との間の訴訟において上告人勝訴の第一審判決が言い渡されて確定していることから、上告人と被上告人との間の詐害行為取消請求訴訟においても、既にその存在が確定ずみであるか又は事実上立証の必要がないと誤解していたものと推認するに難くなく、前記のような訴訟の態様及びその経過に鑑みるときは、所論の弁解にも直ちには排斥することができないものがあるというべきである。そうだとすると、原審が、多数回にわたつて証拠調をし双方が立証を尽くした詐害行為の成否の点についてはなんらの判断を示さず、全く立証の対象となつていなかつた上告人の第一審被告船田に対する損害賠償債権の存否の点をとらえて上告人敗訴の判決をすることは、著しく不相当であつて、もし右損害賠償債権の存否について判断をするのであれば、よろしく釈明権を行使し、上告人に対してその立証を促す必要があつたものといわなければならない。したがつて、原判決には、釈明権の行使を怠り、ひいて審理を尽くさなかつた違法があるといわざるをえず、これと同旨の論旨は理由があるから、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件については更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人小笠豊の上告理由

一、〈省略〉

二、原判決には、釈明義務に違反した審理不尽の違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである(民事訴訟法三九四条)。

(1) 訴外船田勝郎の有限会社法三〇条の三に基づく責任について、被控訴人訴訟復代理人(上告人代理人)は、船田勝郎との間の訴訟が確定していることから、事実上問題にならないものと誤解していた。もちろんこの点は自らの不勉強、未熟さについて恥じ、反省すべきものであるが、代理人の誤解によつて、本来勝つべきものが敗け、不正義がまかり通ることは、紛争の公正・妥当な解決を目的とする民事訴訟制度の本旨にそうところでない。

(2) 訴外船田勝郎の訴外サンドセンターの代表取締役としての職務執行について、悪意又は重大な過失があつたことの立証については、上告人とサンドセンターとの手形取引が、サンドセンターが不渡りを出した五二年七月三一日の直前である五二年三月から七月にかけてのものであることや、五一年暮頃から既にサンドセンターの経営危機のうわさが流れていた(竹下証言九項)ことなどから、容易に立証しうるところである。

(3) この点、代理人の誤解によつて、冨士野梅登証人にも、手形取引のいきさつについては全然聞いておらず、上告人本人も、病気がちであつたことなどから本人尋問の申請を撤回しているのであるが、この点の立証の必要性について、代理人の誤解がなく、或は何らかの注意が喚起されておれば、容易に立証し得たところである。

さらに、この点について、本件では被上告人が一審で欠席したため、実質的な事実調べは二審でしかなされておらず、従つて、立証の不備について、二審判決で指摘されても、もはや補完の方途がないことが十分考慮されるべきである。

(4) 本件訴訟においては、訴外船田勝郎と被上告人との間の三筆の土地(以下本件土地という)の売買が詐害行為に該当するか否か、さらに具体的には、本件土地の時価が、根抵当権の付いていた九五八万八、五四五円の債権額を上回るか否かが、本件訴訟の帰すうを決する最大の争点として争われ、上告人もその点の立証に全力を尽してきた(甲四〜一八号証)。

(5) その結果本件土地の時価が、昭和五二年八月当時で二、九六三万二、〇七四円であり、根抵当権の設定されていた九五八万八、五四五円の債権額を大幅に上回るものであることが立証された。(乙六号証、甲九号証、竹内証言)。

(6) 本件土地の近隣には、山田団地、美鈴ケ丘団地という大規模な団地が造成されており(甲一〇号証)、本件土地も宅地造成が完成すれば坪あたり金二〇万円は下らない。

造成費が仮りに坪五万円とし、有効面積率を七割とした場合、本件土地の現在の坪単価は九万円である。

したがつて、本件土地全体では、約三、五二五万円となる。

有効面積率を少なめに五割とした場合でも、坪単価は五万円、本件土地全体で、約一、九五八万円となり、少なく見積つても、担保債権額九五九万円を一、〇〇〇万円程度上回ることは確実である。

(7) 以上のことから、訴外船田勝郎の有限会社法三〇条の三の責任について、代理人に誤解がなく、或いは釈明権が適切に行使されたならば、その点の立証は容易に出来、原判決と逆の結論になつた蓋然性が高い。

(8) ところが、原判決は、最大の争点として争つてきた本件土地の価額については何らの判断を示さず、船田勝郎の職務執行についての悪意又は重大な過失についての立証がないという、上告代理人としては思いもかけない、全く落し穴にかけられたとしか言いようのないような理由で一審判決を取消したものであり、裁判の公正の理念に著しく反するといわざるを得ない。

(9) 釈明義務について訴訟材料補完の釈明はかなり広く認められる(奈良次郎「釈明権と釈明義務の範囲」実務民訴講座1二三一頁)。わずかに、訴訟材料を補完すれば、反対の相手方勝訴の萌芽の蓋然性が肯定されるというのであれば、釈明権不行使を違法と評価されてもやむを得ないといえる。

本件は正にこのケースである。船田勝郎の個人責任について、立証を補完すれば、原審判決と逆の結論になつたことが高度の蓋然性をもつていえるケースである。

以上のように原審判決には釈明義務に違反した審理不尽の違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるので原判決全部を破棄する旨の判決を求めるものである。

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